ダスキン山城の思い出

菅原支店長代理の鈴木です。
2026年は年男です。 今年、入社35年目で秋には還暦を迎えます。
そんな私が次世代の皆さんに伝えたいことがあります。
どうか最後まで読んで下さい。

私は今から34年前、25歳の時このダスキン山城にアルバイトとして入社しました。
時給650円からのスタートです。
面接をして下さったのは金山藤之助会長(享年八十四歳)現在の社長のお父さんです。

今でもハッキリ覚えています。
金山会長は面接の途中で突然、「キミ採用だ! 用事がないなら今日から仕事やっていけ!」
そうおっしゃり、私を倉庫に連れていかれたのです。
私がダスキン山城で最初に触れたのはオレンジウエスでした。

その2ヵ月後のことです。
当時の金山常務(享年九十三歳:現在の社長のお母様)から夕方、少しきつい口調で叱られました。
「あんた25歳にもなって、何ふらふらアルバイトしているの?
 あんた明日から社員だからね! いい?分かった? 明日から社員よ!」

そうおっしゃりながら、すーっとドアを開け帰って行かれました。
厳しくも愛情あるお言葉でした。

私は創業者のお二人にとても恩義を感じています。
そんなお二人のお人柄に惚れ込んで、辛いことがあっても定年60歳(当時)まで
会社を辞めないと決めました。 お二人に入れてもらった大切な会社です。
あっと言う間の34年間でした。

大会の応援に来てくださった金山会長と。


皆さんご存知の黄色いモップ ホームダスキン(HD)はダスキン山城の原点です。
金山常務はたった4組のHDからホームサービスをスタートさせ、
月商2600万(全盛期)全国屈指のホームサービス事業部を作り上げました。

金山会長は京都のどの加盟店よりも、いち早くMM事業部を導入され、
僅か数年で1000万事業部へと導かれました。
時代の流れを読まれた、正に先見の目がおありだったのだと思います。

私たちは、先人たちが苦労して築かれた大きな礎の上に今日お仕事をさせて頂いているのです。
そのことを忘れてはいけません。古い考えだと思われるかもしれません。
私は感謝の気持ちを持ち続けていきたいと思っています。
このことを後世に伝えていくのも私の役目だと思っています。

さあ65期が始まります! 皆さん、力を合わせ頑張って行きましょう!!

初の海外遠征 韓国チェジュマラソンで優勝 28歳


<菅原支店 支店長代理 鈴木 直政>

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